2015-10-02

夏休み中に読んだ本の中から、いくつか選んで簡単に感想を書いてみることにする。感想を書くのは以下の8冊。

 

『動きが心を作る 身体心理学への招待』

この本は、夏休み中に読もうと7月の末に大学図書館で借りた本で、タイトルを見て面白そうだったから手に取ったもの。大学図書館はジャンル・タイトルで本が並べられているので、特に目当てが無いときでも自分の興味を引く本が見つかったりするのと、長期休業期間の前に借りると返却期限が休み明けになる所が好き。館内は涼しいし。

本の内容は、現在一般に広まっている心の起源を脳とする風潮に対し、これを否定はしないながらも、刺激に対する反応としての動きを観察した実験や、表情や運動に関する体験的な性質から、動きから心が生じたとする考えを提案するというもの。
シャトルボックスを使った実験は、得られた結果を「動機」と「良い結果」を導入して説明をした過程が面白かったし、こういった分析の仕方は頭に入れておくと役立つかもしれないと感じた。表情と心の相互作用については、少し知っていた部分もあったので、改めて興味を深めながら読み進めることができた。特に為になったと思ったのは、後半の実際に体を動かして本書で書かれている事を体験する部分で、この章を読んで実践することで五感を通じて内容を「身に染みて」理解することができる。実生活では屋外で少し時間を持て余しているときに、意識して呼吸と姿勢を整えたり、筋肉を緩めたりする事が多くなった。 

 

砂の女

8月中だけの契約で行ったアルバイト先で、旅行や本の話をして盛り上がった人からおすすめされた一冊。国語の便覧や書店で見たことはあった(名前の頭が「あ」なので目につきやすい)けど手に取ったことはなかったから、読んでみることにした。ちなみに人から紹介された本は殆どの場合喜んで読むのでおすすめがあったらぜひお聞きしたいです。

後に世間で行方不明とされた教師の男が、昆虫採集に出かけた砂丘のとある部落で受ける砂穴での軟禁からの脱出と、その穴の中で生活する一人の女との生活を描いている。
女の行動をハンミョウに擬えているところが、昆虫採集家の男に対して皮肉が効いていて良かった。砂に対する男の知識を踏まえた上での繊細な描写は、非日常の状況にかかわらず、読んでいて喉の渇きと、舌や全身に纏わり付く砂の感触を覚えるほどで、女の艶かしさを一層際立てていたように感じた。シンプルな台詞や比喩の一つ一つに含みがあって、再読なり同著者の他の作品を読むなりしようと思った。

 

『幸福論(第一部)』

幸福について語った本は多数あるようで、実際に、以前に他の本を読んでみて面白いと思った為、こちらも気になって購入してみた。

初めの章の『働きと休息とは、一見両立しない対立物のように見えるが、果たしてそうであろうか。』からすぐに引き込まれた。後に続く、休息が心身の適度な、秩序ある活動によってのみ得られるという言葉は、事実、体験から共感できる所があったし、建前上称賛される勤労を嫌々する「仕事嫌い」はこれによって解決されると少し納得させられた。以前読んだ本の、苦痛をいかに少なくするかを第一として、社交界との関わりを極力避けることを勧める厭世的な著者に対して、こちらはどちらかと言えば(節度を守りながら)積極的に幸福を求め、不幸もそのままに受け入れていく姿勢で、倫理的世界秩序だとか、キリスト教的な著者特有の固執はあるものの、それを差し引いても繰り返し読みたいと思える良書だと思う。二部三部も読みたい。

 

『貧困旅行記』

沢木幸太郎さんの『深夜特急』を読んだときに一緒に気になっていた作品で、自身が旅行を控えていた事もあって、読んでみることにした。

漫画家のつげ義春さん(初めて知った)が1966年以降にした旅行の中で、特に印象に残っている場所や、ボロ宿、温泉・鉱泉宿に注目した紀行などの短編を集めたもの。元々雑誌に掲載されていたものが書籍化されているためにサクサク読むことができると思う。全て国内での旅行で写真も豊富なので、これからどこかへ旅行を考えている人にとっては気になる場所も多いはず。
つげさんは旅行において、自然や古い町の侘しい風景、ボロ宿など、自らをみすぼらしいと感じさせる要素を重要視している。これまであまり町と宿にはあまり関心を寄せていなかったんだけど、藁ぶき屋根は気になった。家族での旅行や、ストリップ劇場での一幕など、侘しい気分に浸ることを望みながらも、人との関わり合いも旅行の重要な部分としている所が良かった。この一貫したテーマを持ちつつも、息苦しくはならないように臨機色々な要素で満足感を得ようとする姿勢は、そのあとの自身の北海道旅行で、侘しい気持ちに浸ることを旅行の目的としていると自覚するのと、これからの旅行の仕方の参考になった。旅行の仕方には人それぞれ好みがあるから一概には言えないけど、タイトルからすぐに惹かれた者としては、この一冊はかなり楽しめた。タイトルの「貧困」は実際の金銭の事というよりは、気分の方かなと思った。

 

つげ義春を旅する』

先に書いた『砂の女』をおすすめしてくれた人に丁度『貧困旅行記』の話をしたらプレゼントしてもらえた(ワッ!)。

つげさんの漫画を掲載していた月刊漫画雑誌の編集者であった著者が、つげ作品とつげさん自身との交流を通じて、作品の舞台を訪れる追体験的な旅行記。
単に旅行をしてその感想をつらつらと書いているものだと想像していたら、そこは雑誌の編集者らしく、作品に関する考察が結構な部分を占めていた。つげさんの漫画を読んだことがないからそのあたりはイマイチぴんと来なかったけど、熱心なファンなんだなぁとは思った。対談中の失われていく風景を惜しむ2人が印象的で、そういった「残念」な部分や、高野さんの街道に対する関心など、2人とも少し変わった素敵な旅行をしていて、楽しく読めた。

 

『怒りについて 他二篇』

タイトルを見て買った。本当にそれだけ。

注解が多くて、いちいち確認していると時間を殆ど無駄にする事になると気づいて、人物名は適当に読み流すようにしてからはかなり読みやすくなった。支えになってくれるような、読んでいて落ち着く本だった。『摂理について』は共感できる所が多々あったけど、もしかしたら悲観的な人は鬱陶しく感じたり、嘘っぽいとの印象を受けるかもしれない。「不正」に関する言説は3篇を通じてずっと面白かった。こういった感受力の鍛錬によって外からの働きを無効に帰する考えは、他の本で触れたときにもかなり気に入ったし、自分の目指している所なんだと思う。徹底した怒りへの批判的な姿勢に、逞しく、理性的な男性像を見た。他人にもおすすめできる一冊だと思う。

 

『運命の倒置法』

以前読んだ本(何だったかよく覚えていない)の中で本書の名前が出ていて、その時のメモを8月末に見て思い出したので買ってみた。

オーストラリアのニューンズにある大邸宅—ウィーヴィス・ホールの敷地内の林にある、過去の居住者のペットのお墓から、2人分の人骨が発掘されるところから始まり、事件に関係する3人の男の、現在の暮らしの中で生じるフラッシュバック的な回想から事件が明るみになっていく。
男3人それぞれの心理描写が緻密で、彼らの意識を追従させられる。シヴァに対するアダム、ルーファスの心中での蔑視と、シヴァの諂いは生々しかった。エカルぺモスでの生活は、若さと退廃が著しく、異常な生活に対する興奮が伝わってきた。現在での事件の捜査については警察の側からの描写は殆どなく、事件の関係者3人の立場から不安を持たせつつ進行していくのが面白かった。この手法のおかげでついつい3人にのめり込みすぎて、最後にえっ…と思わされてしまうんだと思う。ミステリーにも少し興味が湧いた。

 

『雪国』

誰もがそのタイトルを知っている作品ではあるものの、読んだことがなかった。確か「Amazonのこの商品を買った人はこんな商品も買っています」がきっかけで買ったんだったと思う。あれはそそられるよ。

まず有名な冒頭の一文に付された注解を読んで驚いた。それというのも、例のトンネルと言うのが、群馬県新潟県を結ぶ上越線の、水上—湯沢間にあるトンネルの事で、丁度春休みに旅行をしたときに景色を楽しんだ場所だったから。訪れた時期は冬を挟むようにして異なっているけれど、トンネルを境にして一変する景色は共通していた(はず)。この他の部分にも、注解が親切すぎる程付けられており、それでいて全て読んでいても退屈でなかった。隠すようにしてされた性に関する描写や、車内外の双方から窓に映る映像をオーヴァラップに擬えたり、色彩・感覚で美しさを表現する部分は、日本人的だと強く印象に残った。それから、意図してか、人物のやりとりをぼんやりと省略するようにしている箇所がいくつかあって、把握しきれないところもあった。この辺りがこの作者の表現の仕方なのかなと思った。さくさく読める割には掴みづらい感じで、次に読んだときの新たな発見が楽しみになった。