メキシコ4日目

 メキシコでの2度目の朝は6時に目を覚ました。かなり早い時間だが間違ったわけではない。宿のオーナーから7時以降は地下鉄が混むと前日の夜に聞いていたのだ。寝不足でぼんやりしながら室温と平衡した水で喉を潤し、前日に買ったパサパサの菓子パンを食べた。美味しくない。

 今日はメキシコシティを発ち、南西へ170kmほどの距離にある山間の町タスコに行く。タスコは16世紀にスペインの入植者らによって銀鉱が発見されて以来、数百年に渡って銀の採掘と細工によって栄えた銀の町だ。21世紀に入ってからはほとんど採掘はされなくなったものの、現在でも多くの銀製品の生産や販売が町の経済を支えている。また植民地時代に建てられたヨーロッパ風の白壁の建物や教会も非常に有名で、その景観からメキシコのPueblos Mágicos(魔法の町)の一つにも数えられている。タスコの紹介おわり。
 2日間お世話になった宿のオーナーに挨拶を済ませ、まだ肌寒い*1街を歩き出した。タスコ行のバスが出ている南バスターミナルの最寄り駅Tasqueñaまでは地下鉄で20分程度。それなりに距離があるが、これでも運賃はたった5ペソだ。これは何度でも言いたい。嬉しい。ノロノロ支度をしたせいで駅につく頃には7時を回ってしまったが、下りだからか車内はそれほど混んでいなかった。ツルツルした座りづらいシートに腰掛け、ウトウトしながら到着までの時間を過ごす。物売りが妙に癖になるリズムで声を出しながら時々前を通った。
 南バスターミナルに到着してすぐ、知っているバス会社の窓口を見つけたのでそこでチケットを買うことにした。

- A Taxco, uno, ida y vuelta. タスコ行、1枚、往復で。
- Qué hora? 何時の便ですか。
- Este. これ。
- ******? 帰りは何時ですか。
- Umm......Las trece. うーん...(あれ、午前中が無い...仕方ない)13時で。
- ? ......OK. (不思議そうな表情)
- ? (何だろう)

 受け取ったチケットを見て相手の表情の理由に気がついた。帰りの日付が今日になっている。このままだと到着して2時間そこそこで帰ることになってしまう。適当に聞き流してしまった質問があったのだろうと思う。

- Lo siento. Voy a volver mañana. すみません。帰りは明日です。
- Mañana? 明日ですか。
- Sí. Sorry... はい。すみません。
- (モニターを指差す) "15 pesos por favor" 「15ペソお願いします」
- OK. (15ペソ渡す)

 何とか日付の変更ができて、合計で550ペソくらい。一等なのでこんなものだろうと思う。午前中の便へ変更できるかの確認をし損ねたが、もう流石に面倒なので向こうのターミナルで交渉しようと思う。
 出発の10分前になって乗車が始まった。一等バスということもあり、飲み物と軽食が配られた。これは食べるのが楽しみだ*2。乗客は10人もおらずガラガラだった。平日の昼間、それも月曜日に郊外の町へ出掛ける人はそう多くないのだろう。ところで、乗車して一つ気になることが見つかった。下のシートを見て欲しい。

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 何とも思わない人もいるかもしれないが、これは個人的には大問題である。体が飲み込まれるほど不必要に柔らかいクッション素材、腰の位置を固定するように傾斜が付けられた座面、あり得ないくらい低い肘置き、そして一番嫌なのが、前傾過ぎるヘッドレストだ。私は首が前傾する状態が非常に苦手で、例えば寝るときなどは枕を使わずにタオルを敷いて調節するようにしているし、本当なら頭の部分が凹んだ逆枕なるものが欲しいくらいなのだ。しかしこのシートでは座面の傾斜によって否応なしに背もたれを使わされ、首は前に倒され、そのままクッションに埋もれて姿勢を固定されるはずだ。最悪のシートに違いない。床に座った方がマシかもしれないと思ったし、実際そうすれば良かったのかもしれない。
 走り出して20分で首が痛くなってきた。傾きを和らげようと枕を首の後ろにおいてみたりしたが気休めにもならない。それからは全て最初に想像した通りだった。体勢を変えようと体を動かしても無駄で、肘置きに腕をかけようとしても低すぎて使い物にならない。1時間もするととうとう酔ってきた。もう窓の外の景色を見ても一つも楽しくない。どこまでも続く道はいつまでも続くこの時間を思わせたし、時々山の間から現れては消える太陽の光に優しく顔を照らされると、背中をさすられて嘔吐を促されている時のような気分になった。

 メキシコシティを出発して3時間後、タスコのバスターミナルに到着した。とても動けるような状態ではない。下車してすぐ、ロータリーの隅までよろよろ歩き、壁にもたれて地面に座り込んだ。前歯の裏をかすめるのを感じながら、意識が遠のくほど長く、力無く息を吐いた。まだ頭が揺れるような感覚がある。体の表面をなでる風よりも、内側の臓器の動きの方がはっきりと伝わってくる。具合が悪い。しかし面白いことに悪い気はしなかった。まともに睡眠を取らず、早朝からバスに乗り、トイレに篭り、目的地でみっともなく地面に座り込んでいても、誰も何も言ってはこない。どれだけここでこうして過ごそうが、今のこの時間は自分以外の誰のものでもないのだから、何も気にしなくて良い。のんびり病人をやっていようと思った。

 今はそうでもないが、昔は乗り物酔いをすることが多かった。幼稚園や小学校の遠足ではバスに乗るのがいつも嫌だった。前方や窓側の席を選んでみても、どれも無駄だった。親戚の車の中や道路脇の草陰で吐いたこともある。バスもタクシーも新幹線も飛行機も、楽しいと思ったことはほとんど無かった。とにかく早く目的地に着いて欲しい、いつもその一心だった。地面に座り込んでいる間、当時のことを少し思い出していた。当時はただただ苦しかったが、今はその苦しみには終わりがあることも、そのあとのぼんやり体を休める時間が存外悪くないことも知っている。

 心拍が落ち着いてくるのに連れて、柔らかな日差しの暖かさや、風の心地よさが感じられるようになってきた。人の話し声も聞こえる。そろそろ歩けそうだ。

 

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 バスターミナルを出てすぐの道。何も考えずに撮ったような写真ばかりだ。実際何かを考えて写真を撮る余裕はまだ無かった。

 気候は悪くないと思った。日差しはそれほど強くないし、風があるので体感温度も平地よりはいくらか低い。一方で地形は多少厳しい。道はどこも石畳の狭い坂になっていて、景観はいいが長時間歩くと多少疲れる。
 しばらく坂を歩くと広場に着いた。ベンチが見つかったので腰掛け、バスに乗るときにもらったパンを食べてみた。やはりあまり美味しくはないが、美味しくはなくても初めて食べるものなので楽しい。座り心地の悪いシートも、美味しくない食べ物も、水道水から香る不快なにおいも、全部旅の良い思い出になることだろうと思う。

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 坂。コーンが気になる。

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 広場の傍の教会。大きいね。教会とはなんの関係も無いが、旅行中よく野良犬を見かけた。どの犬も大抵大人しく、吠えたり噛みついたりすることはないのでとても可愛い。もちろん吠えたり噛みついたりする犬も可愛いが。この広場の日陰にも犬がおり、しばらく眺めて体を休めるのに役立った。

 ベンチに腰掛けてから30分ほど経った。そろそろお昼にしようと思う。ちょうど坂を少し登ったすぐ近くで喫茶店を見つけたのでそこに入った。

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 坂(2)。中々キツめ。

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 外の景色を望める窓際の良い席を取れた。

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 こちらに来てから初めて写真の撮り甲斐がある料理を食べる気がする。頼んだのは朝食メニューのChilaquilesとカプチーノ。よく見ると使われている食材は前日の昼食とほとんど変わらないのだが、印象は全然違う。見た目が綺麗だとそれだけで嬉しい。少しソースの酸味が強くて食べづらいけれど、ゆっくり食べられるのでその分良いとも思った。 
 のんびり食事をしていると隣のテーブルに一人の男性がやって来て、何となく目が合ったのでお喋りをした。彼も私と同じくメキシコを旅行していて、その序盤で、今日タスコに着いたところらしい。なんと宿も同じだった。違ったのは、彼にとっては国内旅行だということだ。メキシコのどの辺りから来たのかと聞いてみると、持っていた地図を開いて指で示してくれた。

- Chi hua hua...? チ、ワ、ワ...?
- Yes. そう。
- Chihuahua. ...ん?It is a dog breed, isn't it? チワワか。...ん、それって犬種だよね?
- Yes. そうだよ。
- Then, the breed "Chihuahua" is derived from the place name. じゃあ犬種のチワワは地名が由来なんだね。
- Yes. そうだよ。(2)
- へ~!

 初めて知ったことだったので普通に面白かった。その他にもいくつか話をしたのち、また後でと言って別れた。

 

 宿へチェックインを済ませてからは街を散策することにした。先ずは事前に決めていたグアダルーペ教会へ向かう。尤も教会に興味があるわけではなく、展望スポットになっているので行くのだ。上り始めてすぐに初老のおじさんに横からCristo?といきなり一単語で聞かれた。教会のさらに上にあるキリスト像のある展望台のことを言っているのだとわかったので、そっちではなくてグアダルーペに行きたいのだと伝えた。するとGuadalupe! Vamos!(グアダルーペか!行こう!)と言われ、案内をしてもらうことになった。道の途中で彼の友人を紹介してもらったり、二人でCansado, cansado...(疲れた)と連呼しながら上る。楽しい。旅行期間を通して感じたことだが、メキシコでは結構観光客に親切にしてくれる人が多い気がする。

 目的地に着くとおじさんは手を振って降りて行ってしまった。退屈しなかったのでとてもありがたいが、少し申し訳ない気もした。それでも眺めは素晴らしかった。道幅が狭く建物が密集しているせいで人が見えないし(これは素晴らしいこと)、山々の中に町が突然現れる様子も面白い。たった今歩いてきた場所なのに現実でないような感じがした。珍しく町並みを見て感動した。魔法の町と呼ばれる理由を、何となく身体で理解したような気がした。

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 グアダルーペ教会からの眺め。

 

 教会からの帰りに小さな市場を見つけたので、Tシャツを求めて入ってみた。というのは、メキシコの気候が想像よりも暑く、もってきた服のほとんどが着られずに少し困っていたからだ。帰国後も寝間着として使えるような、ダサくて可愛いのがいいと思って探したが見つからない。どれも髑髏のプリントやスポーツブランドのロゴがワンポイントで入っているような、ダサくてダサいものばかりだ。仕方が無いのでジャックダニエルのプリントTシャツを100ペソ強で購入した。TシャツはTシャツの値段がするなと思った。
 19時過ぎに宿に戻り、疲れていたので夕食はコンビニで買ったラップサンドとグミで済ませた。まともにパッケージを見ずに買った2つのグミのうち1つがチリ味(?)だったらしく、ロクでもない味がしたので1粒だけ食べて残りは手をつけなかった。食事を終えた後は、朝のことがあったのでシャワーを浴びて早めに寝ることにした。この宿のシャワーは仕切りもカーテンも無く、トイレと同室にあった。調べると海外では割りとよくあるスタイルらしく、便器がびしょ濡れになるのも仕方の無いことらしい。私が使った際も便器は仕方無くびしょ濡れになったが、悪い気がしたので一応水滴は拭き取っておいた。

 広場は夜遅くまで賑わっていて、楽しそうな人の声や楽器の音が部屋の中にまで届いていた。部屋のベッドに寝転がり、傍観者のままその雰囲気を楽しみながら、この状況は自分の性格そのものだと思った。長い一日を振り返っているうちに外からの音は小さくなっていき、そのうち聴こえなくなった。

*1:メキシコ中央部は乾燥帯で、日較差が非常に大きい

*2:決して美味しいものを期待しているわけではない

メキシコ3日目

 乾いた唇にリップクリームを塗りながら外出の支度をしている。こちらに来てからやたら体が乾燥しているような気がする。乾季ということもあるだろうが、それを考慮しても異常な乾き方だ。唇には熱を出したときのようなめくれや皺ができているほか、例年は見られないささくれが数本の指に現れ、服が擦れる度に痛みで存在を示してくる。そのくせいつも通りとまではいかないまでも、水分自体は摂っているのでどうしようもない。

 

 メキシコ入国後2日目の今日は、古代都市の遺跡テオティワカンに行く。ここは紀元前2世紀頃から6世紀頃までメキシコ中央高原で繁栄したテオティワカン文明の中心となった都市で、現在のメキシコシティから北東へ40km程の位置にある。最盛期には12.5万人以上の人口を有していたと推定される、アステカ以前のメソアメリカ最大の都市だ。
 遺跡行のバスが出ている北バスターミナルまではトロレブスという路線バスで向かう。メトロやメトロブスという選択肢もあったが、どちらも朝は混雑がひどいらしく、乗り換えも必要になるので今回はやめた。その代り地図の示すバス停までは少し距離があって、人気の無い気味の悪い路地も通ることになった。1ブロック進む度に顔を横に向け、道路を挟んだ向かい側の道を眺めるふりをして後ろを確認した。絶対に近づいてはいけないとされる区域については事前に地図に印をつけておいたのでそれほど大きな不安は無かったが、一応シティにいる間は警戒しながら歩くようにしていた。というか、絶対に近づいてはいけないとされる区域って何だ。
 さて、地図上ではバス停に到着したことになっているが、標識や時刻表など、それを示すようなものが見当たらない。周りのタクシー運転手からの誘いはすべて即断っているものの、このままではターミナルへ行けない。しかししばらく辺りをウロウロしていると、1人の女性が電柱付近に立ち止ったのが目に入ってきた。その様子でそこがバス停だと直感したので、隣に行って話しかけてみる。

- Aquí es(tá) la parada de autobús? ここがバス停ですか。
- Sí. *** pesos. そうです。***(忘れた)ペソですよ。
- *** pesos. Gracias. ***ペソですか。ありがとうございます。

 財布から運賃を取り出して待っているとバスがやってきた。どうやらバス停でアピールをしないと止まらない様子だったので、お姉さんがいてくれて助かった。バスの内装はメトロブスのように綺麗ではなかったものの、地元の人と思われる人が主に使っているようで、少しだけ彼らの生活に溶け込ませてもらったような心地がした。20分ほどでターミナルに到着した。構内には様々なバス会社が並んでいるので、一つずつ見て遺跡行のバスを扱う会社を探し、結局左端にあった窓口で目的のチケットを買うことができた。

- A Teotihuacán, uno, ida y vuelta. テオティワカン行、一枚、往復で。
- 104 pesos. 104ペソです。
- (カードを渡す)
- No. だめ。
- Solo efectivo? 現金だけ?
- Sí. そ。

 500ペソ紙幣で支払ったら30ペソくらい誤魔化された。まあいいや。5分後くらいの便だったのですぐにバスに乗り込み、左側の席に座った。動き出したバスの窓からぼうっと外を眺めていると、ようやくいつもの旅行らしくなってきたと思った。市街を抜けてからは遠景を遮る建物が無くなり、乾燥した色の山々と、その斜面を覆うように建つカラフルな家の群れが目に入ってきた。ほとんどの家は屋上がフラットで、シンプルな直方体の形状に長方形の窓枠が備え付けられている。こういう単純な図形だけで作られた構造物は見ていて楽しい。しかしその様なカラフルで可愛らしい住居群も、近くで見るとだいぶ異なる印象を与える。外壁はボロボロで、窓はついていたりついていなかったりするし、時々見える住民の服装は市街で見るものよりもぐっと貧しそうに見える。

 一時間ほどで遺跡に到着した。2点間のシャトルバスというわけではないらしく、運転手のPirámide!の声を聞き、降りる人は降りるという感じだった。辺りを見回すとすぐにピラミッドが見えたのでそちらへ歩き出した。まだ午前中のせいか、想像よりは暑くない気がする。しかしそう思ったのも束の間、上着の上からヒリヒリとした感覚が腕に生じ始めた。標高2000mを超える高地で、かつ日差しを遮るもののない平野なので、暑くはなくても日差しが強いのだ。
 最初に見えていたピラミッドは太陽のピラミッドで、西暦200年頃に建てられたものらしい。多くの観光客が上っていたが、少し階段が多すぎるので帰りに元気があったら寄ることにして一旦通り過ぎた。大通りを北へ進むともう一つのピラミッド、月のピラミッドに着いた。見たところこちらはそれほど高くなくて上りやすそうだし、眺めも位置的に良さそうだ。上まで一気に上り切ると、思った通りの良い眺めだった。街から離れているおかげで、周りに何もなくて気持ちが良い。

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 月のピラミッドの外観と上からの眺め。左奥に見えるのが太陽のピラミッド。

 他の観光客と写真を撮り合ったりして、そろそろ降りようと思っていた頃、後ろから子連れの男性に肩を叩かれ、子供達の名前の漢字を教えてほしいと頼まれた。漢検は3級までしか持っていないが、面白そうなのでやってみることにした。聞くと2人の子供の名前はそれほど漢字を当てづらいものではなかったので、あまり形が複雑でなく、綺麗な意味の字を当て、それぞれの意味を添えて紙に書いて渡した。それなりに喜んでもらえた様子だったので良かった。その別れ際にEnjoy Mexico!と言ってもらえたのだけれど、この言葉で初めて旅行者として認めてもらえたような気がしてとても嬉しい気持ちになった。

 近くにあった宮殿跡を見学し終えると満足したので、まだ来て一時間だがもう帰ることにした。暑いし。来た道をそのまま戻り、最初のバス停の近くまで来ると職員(?)が近寄ってきて、帰りのバス停まで案内してくれた。10分もすればバスが来るとのことだったので良いタイミングだった。しかしバスを待ち始めて間もなく、何となく後ろを振り返ると食堂がいくつか目に入ってきた。朝は宿でパンとバナナを食べただけだったので、小腹が空いているような気がしなくもないし、前日の晩のこともあって首都の方で飲食店を探す気もあまり無い。観光地価格が予想されるが、ここで食事を取っておくことにしよう。そう決めてバス停から離れると先ほど案内してくれた男性がまた近づいてきた。

- No! Aquí *******.(ほとんど覚えてない) 違う。バス停はここだよ。
- Quiero algo a comer. 何か食べたくて。
- Ohh... あぁ...。

 すると近くにいたもう一人の男性を案内に呼んでくれた。正直店は自分でゆっくり見て選びたかったが、親切にしてもらっているのでさっさと選んでお礼を伝えた。さて、例によってメニューとの格闘が始まった。............わからない終わり負け。店員との言語未満のやりとりを経て何とか一品適当に選び、勧められるままにスープをつけた。水も頼んでいたので要らない気もしたが、どんなものが来るのかという興味が僅かに上回った。料理が来た。一目で大体わかる。味の薄いものに味の濃いソースをかけるタイプの料理だ。

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 ロール状のトルティーヤと米(中央)、各種ソース(正面奥)とスープ(左奥)。パリパリのトルティーヤは食べづらいのでもうやめようと決めたのと、スープの中にも米が入っていて、奇妙な食べ合わせになってしまったと思った。水は美味しかった。

 昨晩に続いて微妙な食事となってしまったが、とりあえずちゃんと生きているので気にしないことにした。店の下調べをしていたわけではないのだから嫌な気分になる資格はない。それどころか、会計の際にミス(?)で100ペソほど多くお釣りをもらえたので、むしろ喜んでも良いくらいだ。

 

 北バスターミナルに帰ってきた。行きはバスだったので、帰りは地下鉄で帰ろうと思う。エントランスの目の前にある駅口から地下へ降りた。地下の空間は日本のものと比べると薄暗いものの、昼間なら特に危ない雰囲気などは感じなかった。ホームの案内については簡潔で、必ず各路線の終着駅が行き先として表示されている(途中にある大きな駅名を用いて「~方面行」とするような表記の仕方はしない)。したがって下の画像のような路線図を持っていればまず迷わないと思う。

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 メキシコシティ地下鉄路線図。もちろん駅構内にも掲示はある。これが5ペソでどこまででも乗れるのだからとても便利。

 メトロブスもそうだったが、運行頻度はかなり高いように思われた。大抵5分もすれば来る。時刻表を確認する必要が無い。一つ不満を挙げるとすれば、次の駅名のアナウンスが無いので一々外を覗いて現在地を確認する必要があるということくらいか。
 初めてのメキシコシティ地下鉄を楽しみ、宿に戻ってきた。一応予定ではこの後に中心街へ出て国立宮殿や美術館を見学することになっているが、一か月以上前の自分という実質他人の決めたことなので無視しても良い。たくさん日差しを浴びて疲れていたので、今回は無視することにした。

 目を覚ますともう日が暮れていた。5時間は寝たと思うが、イマイチ疲れが取れた感じがしない。気候のせいか、体調のせいか。わかっても仕方ない気もする。サウナがほしいと思う。まあいい。夕食を買って来よう。翌朝は早く出るつもりなので、朝食も一緒に買える所が良い。Google Mapsでパン屋を見つけたのでそこへ行く。
 店までは一駅分の距離があった。少し遠いけれど、夜の地下鉄は怖いので歩いて行った。パン屋は日本と同じスタイルで安心した。適当に選び、5つで20ペソしないくらいの値段だったと思う。味はまあそれなりだった。店内中央に大量に積まれていた一番シンプルで安い*1Bolilloというパンが一番美味しかった。

 食後、苦い記憶がまだ鮮明に残るシャワールームへ入った。前日はどちらがお湯なのかわからず、右を回したり左を回したりしてあたふたしていたが、もうこの日は諦めていたので適当に片方だけを回して水で洗い始めた。まあ洗えないこともない。しかし2、3分経った頃だろうか、なんとお湯が出てきた。ここでようやく勝手がわかった。お湯は左のバルブで、出始めるまでに数分かかる。左がお湯というのはこの後の全ての宿でも同じだったので、冷水をかぶったのも授業料ということで納得した。それどころか、元々冷水で洗う覚悟ができていたせいもあって、この温水はとても有難く感じられた。少しずつだけれど、こちらの生活に慣れていけるような気がしてきた一日だった。

*1:なんと1ペソ!この国で餓死することはなさそうだと思った。

メキシコ2日目

 前日の夜が早く訪れたのと同じ理屈で、この日の朝も早くやってきた*1。外の明かりを感じるようになってきた頃にはまだ眠りについていなかったけれど、かえって良かったかもしれない。朝は本来眠らなくても良い時間なので、夜よりも安心して楽に眠ることができたような気がする。
 到着の時刻が迫り、窓からは街並みが見られるようになってきた。植物の緑の中に赤っぽい色の屋根が散らばっている。補色だからか両者がとても際立って見えた。

 恙無く諸手続きを終え、ゲートを出ようというところで職員に呼び止められた。

- De dónde eres tú? どこから来たのですか。
- Japón. 日本です。
- Narita? 成田ですか。
- Yes.(英語) そうです。

 ......普通にスペイン語だったので少し驚いた。考えてみれば当たり前のことではあるけれど、空港やホテルなら英語が通じるという事前情報が頭に入っていたので油断していた。非常に簡単な内容とはいえ、初めてのスペイン語でのやり取りだったこともあり、Síが出てこなかった。ところで、これ以降もこのような現地での会話を(もちろん全てではないが)聞き取れた範囲で正確に書き記していくが、何せ勉強が足りていないので、相手やこちらの言葉の中には文法上の誤りがいくつも含まれていると思われる。それでもそれをそのまま記事に残すのは、現時点での語学力をあとから振り返って、その下手くそな受け答えだとか、余裕の無さを少しでも懐かしんで楽しめたりしたらいいと思うからだ。

 両替所で手持ちの米ドルをメキシコペソに両替した後、最初にメトロ(地下鉄)やメトロブス(路線バスの一種)で使えるICカードを購入した。このあたりの流れは事前によく調べておいたので、券売機の場所や使い方などにはほとんど悩まずに済んだ。カードは1回分の乗車賃30ペソとデポジット10ペソの計40ペソで購入でき、超過分はチャージされる仕組みだったと思う。なお乗車賃はすべて先払いで、メトロが5ペソ、メトロブスが6ペソだった*2

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 カードのデザインは購入した券売機によって異なるらしい。シティ滞在中に何度かバス停や地下鉄駅で券売機が設置されているのを見たけれど、カードは大抵売り切れていた。

 空港の外へ出ると、ちょうど市街へ行くバスへ人が乗り込んでいるのが目に入ってきた。路線は確認していなかったけれど、列に並ぶ人に尋ねると目的の駅へ行くことがわかったのでそのまま乗り込んだ。0.1Hzぐらいのペースでクラクションを鳴らし、飛行機よりも大きく車体を揺らしながらバスが走行する。窓から見える街並みから異国に来たことを実感させられるが、同時にこの期に及んでも特に行きたい場所が無いという自身の気持ちに気づいたりもした。長時間のフライトで多少疲れていたこともあったかもしれない。
 目的のHidalgo(gentlemanの意)駅に到着し、すぐ近くの日本人宿にチェックインした。日本語を話せるオーナーは外出中で、予約の管理も曖昧とのことだったので、なんとかその場で適当に部屋を割り振ってもらった。もはや予約をした意味も日本人宿である意味も無いような気がするが、無事部屋は確保できたので気にしないことにする。荷物を置き、身軽にしてから再度外に出る。時間的にも体力的にも何箇所も回ることはできないので、この日は人類学博物館にだけ行って終わりにする。
 メキシコ国立人類学博物館では国内の様々な地域からの出土品や先住民の暮らしが展示されており、地域・文明ごとに分けられた建物を順に回っていくことで、国内の発展の様子を時系列で学ぶことができる。規模は相当大きく、東京ドームが1.7個入る(?)。とりあえず順に見て回っていくが、各展示物横の説明文はスペイン語で何が書いてあるのかさっぱりわからず、何を見ても感想が出てこない。尤も、何語で書かれてあろうが恐らく読まなかっただろうが。最後までほぼ惰性で見学し、時間だけが過ぎた。結局よくわからなかったが、よくわからないということがわかったので満足した。高額紙幣も崩せたし。

 宿に戻って一眠りした後、夕食を食べに出かけることにした。店までの道の途中、賑やかな通りを歩いていると横から英語で話しかけられた。中途半端にわかってしまう言語だったせいで反応してしまい、ギャンブルのようなものに付き合わされることになった。蓋をするような形で逆さに置かれた複数のカップのうち1つを選ばされ、中に玉が入っているとかいなかったとかで勝ち負けを決めるものらしい。ルールの理解が曖昧なまま、最初のチュートリアルを終えた段階で1000ペソ紙幣を渡されたが、気味が悪いのでこの時点でもうやめようと思った。6000円程度に相当する高額紙幣だけれど、偽札かもしれないし、その程度のお金で危ない橋を渡るのは嫌だ。それに何よりここにいる連中の雰囲気が気にいらない。手中の紙幣を返し、Sorry, I hate gamble.とだけ言って立ち去った。
 思わぬ邪魔が入ったが、無事店に着いた。カウンターとテーブル席のある飲み屋のような雰囲気で、旅行者と思われる人の姿もいくらか見えた。店員に案内され、カウンター席に座ってメニューを見るが、やはりほとんどわからない。とりあえずかろうじて内容の想像できたクリスピータコスとハイビスカスジュース、ピーマンを使った前菜を頼んだ。

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 美味しくも不味くもない。どんなふうに調理されているのかわからないけれど、ピーマンは食感・味ともに損なわれているような気がする。タコスの方は手前のグリーンチリソースがかなり辛くて驚いた。ほとんどソースを食べるような形になるので、クリスピーでない方が良かったと思った。

 初めてのことが続いて少し疲れたので、今日はもうシャワーを浴びて寝ようと思った。共同のシャワールームに入り、全く同じデザインの左右のバルブを1つずつひねって温度を確かめてみる。どちらも水しか出てこない。海外の洗礼だ…などと勝手なことを考えつつも、仕方がないのでそのまま水で洗うことにした。まあ洗えないこともない。体を震わせながらも体を洗い終え、浴びる前よりも疲れたような心地で布団に潜り込んだ。

*1:以下どうでも良いメモ
 飛行機の対気速度は地球の自転速度の約50%程度なので、両者の方向が一致した場合、通常の1.5倍の早さで朝がやってくることになる。また今回の航路では偏西風が追い風となるので、その分さらに早くなるだろう。実際のそれぞれの速度は地球の自転速度が1700km/h、飛行機の対気速度が900km/h、飛行機が飛行する高度での偏西風が360km/hとのことなので、倍率は(1700 + 900 + 360) / 1700 = 1.74と計算できる。
 次に発着時刻と所要時間から倍率を計算してみよう。17時発14時着ということは、宇宙空間から見れば地球の21/24周分の距離を移動したということになるが、この間に経過した時間(飛行時間)は12時間であった。つまり通常21時間かかるところを12時間で移動したということになるので、倍率は21/12 = 1.75ということになる。これで辻褄が合った。やったね。

*2:空港発のメトロブスの運賃のみ30ペソ

メキシコ1日目

大学を卒業する

 学生生活がついに終わる。6年間も通った割には、今のところは感慨と呼べるようなものも、ここに書いておきたいことも特に無いと感じる。あるいはもう全て書いたのかもしれない。また他の原因として、大きく環境が変わるタイミングだと認識している一方で、既に学生生活を経てこれからの人生へとなめらかに意識が向いていったことで、案外一般に考えられているほど節目だとは感じていないということも挙げられるかもしれない。そこで一先ずは、書くことが特に無いということだけ書いておくことにする。

 さて、話は変わるけれど、学生最後となるこのタイミングで、今まで一度も行ったことのない海外に行ってみようと思う。行き先は一年ほど前から決めていて、メキシコだ。この国を選んだのは、いつだったか、たまたまネットでやった自分に合う都市診断なるもので「メキシコシティ」と診断されたからだ。ふざけた理由だけれど、旅行をするのにふざけていない理由があったことは今まで無いので、これで良い。気候的には好きな部類だと想像しているし*1、きっとこのような理由でもなければ行かなかっただろう。元々海外にしようと漠然と思っていただけで、あるときにはそれはエジンバラであったし、ニュージーランドでも、アイスランドでもあった。本当のところ、別にどこへも行きたいとは思っていなかった。疲れるし。それがどこであっても、行きたいと思う特別の理由なんぞないけれど、理由がないと旅行をしてはいけない決まりもないだろう。行ってみて楽しかったらそれが行きたかった理由になるのだと思う。そういうわけで、旅費は4月の自分に、理由は旅行中の自分に任せることにして、メキシコに行って来ようと思う。

 

当日

 成田までの電車の中、花粉の飛散量がこれから数日間特別多くなるといった旨のツイートを見て、ちょうどうまく逃げられる格好だというようなことをぼんやり考えていた。しかし神奈川から成田までの2時間強という時間は逃亡するおさかなに追い打ちをお見舞いするのに十分だったようで、空港に着いた時にはティッシュを手放せなくなっていた。ヲヲン。せめて向こうに渡ってからはこんな思いをせずに過ごせるといいが......。

 メキシコまでは日本国内から直行便が出ていて、今回は16:40成田発、同日13:55メキシコシティ着のフライトを利用した。ちょうど夜に眠り現地で昼を迎える形なので、時差ボケの心配も無い良いフライトだと思う。飛行機に搭乗して自分の座席を確認すると、端だと思っていたのが中央の席で、少し残念な気がした。そう思いながらも出発の時間までしばらく待っていると、通路側の席が空席であることがわかり、結局当初の想定よりも好ましい状況となった。いつものことだけれど、運がついていると思った。
 飛行機が加速を始める。他の乗り物では感じないような大きさの力を背中に感じながら離陸する。楽しい。
 機内食の選択をするタイミングで、隣の乗客に対する乗務員の英語がイマイチ聞き取れず、こんなことで大丈夫なのかと先が思いやられるような気持ちになったが、そのあとに私に対して発せられた日本語の方もほとんど聞き取れないことに気づくと安心した。単に気圧による耳の具合の問題だった。食事は十分な量で、味は少し濃かったように思う。上空では気圧の関係で味の感じ方が変わるため、機内食は濃いめの味付けにしてあるというようなことを昔テレビで見たことがあったので、それかと思った。しかし結局濃いと感じているので、そのあたりの調整は難しいらしい。
 機内食を食べ終える頃には窓の外はもう夜だった。機体の進行方向と地球の自転方向が一致しているので、夜が来るのが早い。それから少しすると消灯時間になった。本を読んでいたので明かりが欲しかったけれど、頭上のライトを点けるのも憚られるので、モニターの明かりを最大にしてしばらくコソコソするような姿勢で読んだ。

*1:寒帯や乾燥帯の風景に魅力を感じる

お土産

16日に2つの展覧会に行ってきた。両会場が徒歩圏内にあった上、チェックしていたナポスポットもすぐ近くにあったのでちょうど良かった。今回も良い時間を過ごすことができたと思う。また以前の記事でも話した通りこれは旅行に相当するので、皆さんへのお土産も持ってき太。

フィリップス・コレクション展

世界有数のコレクターであったダンカン・フィリップスが生涯を費やして収集したコレクション(フィリップス・コレクション)の中から75点の作品が展示される。

感想

印象派面白い。前回見たロシア絵画展での作品群では、写実的な中に画家の感じた美しさが強調されていたということは述べたけれど、印象派ではより感覚が強調されている印象。何かを見て美しいと感じた瞬間というのは、認識している映像としては案外それほどシャープなものではなくて、印象派の作品に描かれるように、揺れ動く光によって輪郭がぼやけたものなのかもしれないと思った。実際、それらの作品を見ると今にも動き出しそうな印象を受ける。
後半では印象派以降の作品が展示されていた。その中のキュビズムは美術の教科書などで見たときには意味不明だったけれど、この歳になって実物を鑑賞してみると少し違った印象を受けた。相変わらず難解な印象ではあるものの、現実の描写をやめた明らかに異質なその表現によって何を伝えようとしているのか知りたくなった。特に今回のように作品が(フィリップスが収集した)時系列で展示されていると、変化の不連続さに驚かされる。

それにしても、流石に75点もの作品の展示はかなりのボリュームだった。僕は人物画の大半をまともに鑑賞していなかったので元気だったけれど、順路に沿って全部真面目に鑑賞していたら大変そうだと思った。腹八分目ではないけれど、こういう場所であってもお金を払ったから~だとか、せっかく行ったのだから~のような考えは持たず、素直に自分の好きなものに優先的に集中力を割いて楽しもうと再確認した。

 

気に入った作品(お土産)

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クロード・モネ《ヴァル=サン=ニコラ、ディエップ近傍(朝)》

 

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ピエール・ボナールリヴィエラ

 

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シャイム・スーティン《嵐の後の下校》

 

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エドゥアール・ヴュイヤール《新聞》

 

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アドルフ・モンティセリ《花束》

 

 

INSULA LUX 光の島 アントニ タウレ展覧会

スペインの画家アントニ タウレの日本初の個展。タウレが拠点の一つとしているスペインのフォルメンテーラ島を、写真と絵画を融合させて表現した「光の島」というテーマで描いた作品が展示される。入場料無料!

感想

写真やカンヴァスによる景色の切り取り方には、絵そのものの表現と同じくらいに個性が表れるように思う。この作品群では現実の景色であるフォルメンテーラ島が一貫して幻想の建物の開口部で切り取られる。その暗い建物の中からわずかに見える外の世界を覗くとき、誘われているような気がする一方で、隔絶されているような気もする。またそれらの境界は常に光によって溶かされていて、現実と幻想の世界が入り交ざっていたり、時には現実と幻想が逆転しているようにさえ見える。このように本展の作品は様々な二面性を持っていると感じた。人物がほとんど現れないのもとても気に入った。

さて、気に入った作品のリストが頭の中に出来上がった頃に気付いたのだけれど、物販コーナーが無い。ポストカードを買うのも楽しみにしていたので少し残念だ。そんなことを考えていると、周りの人たちがみんなパシャパシャ写真を撮っていることに気が付いた。どうやら撮影はOKらしい。少しの間躊躇ったけれど、持って帰るものが無いのは寂しいので、結局僕もパシャパシャ写真を撮った。

 

気に入った作品(お土産)

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Antoni Taulé《Cache-cache》

 

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Antoni Taulé《Le Galuchat》

 

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Antoni Taulé《Torre-Gabina》

 

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Antoni Taulé《Mimosas》

 

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Antoni Taulé《Phare du Cap》

 

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Antoni Taulé《Mnémosyne》

 

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Antoni Taulé《Chemin d'étoiles》

 

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Antoni Taulé《Marécage》

 

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Antoni Taulé《In Girum》

 

 

今週のオヨ

古いiPhoneのバッテリーを交換した

昨年の5月にスマートフォンを買い替え、役目を終えていたiPhone 5。なんと5年も使っていた。流石に最後の2年ほどはモバイルバッテリーが屋外では必須で、なんとか延命しながら騙し騙しやっていた状態だった。今では屋外で使うことは少なくなったものの自宅等では普通に使っているし、もうしばらくは使いたいと思っているので、今回バッテリーを交換することにした。

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大学入学時から使っていたiPhone 5

 

以下簡単な手順

1. Lightningコネクタ両側の星型ネジを外し、フロントパネルを開く

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フロントパネルを開いた図。結構硬かった。

2. 上図の赤丸で示したネジを外し、プレートを取り外す

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プレートを取り外すと各種ケーブルと接着剤が現れる(上図赤枠)。

3. ケーブルを外し、本体とフロントパネルを分離する

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......。

4. バッテリーを交換する

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ガチガチに接着されているバッテリーを外し、交換用のバッテリーを装着する。あとはこれまでの手順を逆戻りするだけ。

 

 

 

さて、あっさり終わったかに思われたバッテリー交換だったが、いざスイッチを押してみると電源が入らない。調べてみたところバッテリーを認識できていないことがわかったので、端子部分を確認してみたところ、オヨな事実が判明した。

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あれ、端子の形状が違う(左:新, 右:旧)。
それもそのはずで、用意したバッテリーが5c/5s用だったのだ。結局バッテリーは元の状態に戻し、新しくバッテリーを購入して改めて交換した。

余計なお金がかかったけれど、作業が楽しかったので気にしない。

 

それは新年を迎えた際に交わす挨拶

あけおめ

例によって目標を示しておく。今年の目標は 「いつか」の期限を確定する にする。

ここ2年くらいでつくづく感じたことだけれど、いつまでもあるようなものは本当にない。手にしようと思っていたもの、訪れようと思っていた場所、会おうと思っていた人気が付いた頃にはもう無くなっている。今思えば、それらを全て叶えるのに必要な時間は十分にあった。それでも行動しなかったのは、その期限を「いつか」のままにしておいたせいだ。無くなることを止めることはできないけれど、その「いつか」を永遠に訪れない日にしてしまわないよう、できる範囲で期限を確定するように心がけようと思う。

おせちうまし

この記事を書いている1月4日現在、おさかな家では今だに食卓におせち料理が並んでいる。去年まではあまりこれが好きではなかったのだけど、今年はそうでもない。たくさんの料理がテーブルの上に並ぶのを見るのは楽しいし、それぞれの味も随分美味しいと感じるようになってきた。元旦からの4日間、いや何なら大晦日から既にベータ版おせちがリリースされていたので5日間連続なのだけど、ほとんど飽きずに美味しく食べられている。また見た目と味の良さに加えて、おせちという名前も相当かわいい気がする。元々は「御節供(おせちく)」と呼ばれていたものが略されて「おせち」になったらしいけれど、これも「おせちく」よりも「おせち」の方がかわいいことに気が付いた人の仕業だろうと思う。